コラム
第二回
たつの市揖西町にある「イトメン株式会社」を訪問する。
その前に、わたしの後輩の編集者に県立姫路西高校出身の30代後半がいたので、「チャンポンめん」ほかのイトメン製品について周りの同窓生に聞いてもらった。姫路出身者によるイトメンの「地元仕様ぶり」、それをご披露する。 どれもユニークなコメントで微笑、苦笑ありだ。
「たつの市、比較的近い地域やから、有名やで。まえ、なんか、テレビでもやってたよ。イトメンの社員さんとこいって、袋めん、どこのメーカーを置いてるか調査してた」(姫路市大津区)
「今日のお昼に食べた…。なんてタイムリーな。ちなみに神戸にも売ってる(^^)」(姫路市谷内)
「もちろん知ってる。インスタント嫌いな母がなぜか唯一好きな味で食べさせてもらえた懐かしい味。こっち(*東京在住)にはないねんよ? たまに食べたくなる!」(姫路市的形)
「小中高の時、週末の昼ごはんは、そうめん、イトメンのチャンポンめん、チキンラーメンのローテーションでした(笑)。 会社に入ってからはイトメンの営業の方と仲良くしてましたねー! 会社が近かったので^_^」(姫路市書写)
「加西のおばあちゃんちには常備だった。明星チャルメラとかサッポロ一番とかと一緒にあったから、てっきり全国区商品だと思ってて。ある時、地元商品と知ってびっくりした。そういえば、こっち(*川崎市在住
ではCM見たことないなと。何年も食べてないけど、確か、オキアミか! みたいなちっさいエビがいい味出してた。普通に姫路のスーパーにも置いてたと思うよー。いらんこと言うから、食べたくなってきたやん(笑)」(姫路市飾東町)
「懐かしの味。イトメンがたつの市の会社だとは知りませんでした。加古郡稲美町の出身なもので、子どもの時はイトメンと明星の焼きそばが大好きでした」(加古郡稲美町)
なかには「キャベツのザク切りを入れたらおいしんだよなー」という、リアルなコメントもあって、今度チャンポンめんを食べるときは覚えておこう、などと思った。
ちなみに作家の玉岡かおるさんは加古川出身だ。わたしの同僚の編集者には「イトメンも知らんのん?」と言っていたが、地元兵庫県では龍野→姫路→加古川→神戸、つまり西から東へという順で、グラデーションがどんどん明るくなるように、イトメンの知名度は低くなってくる。
わたしは長年神戸に住み、大阪で仕事をしている大阪出身者だが、大阪駅(大阪市北区)ー三宮駅(神戸市中央区)はJRの新快速で20分なので大変近い感覚がある。しかし三宮を越えて西は一気に「遠い」感覚がある。が、神戸の人にしてみれば、神戸から大阪南部や西部の八尾や堺よりは、姫路の方が近い、と言う人も多い。
ちなみにダイエー神戸三宮店では、チャンポンめんは売られている。 そんなことを考えながら、神戸からたつの市まで移動し、イトメン株式会社を訪問する。
イトメンの工場と本社機能を持つ社屋。正門をから入ると事務所社屋があり、その奥に「播州素麺熟成蔵」が見える。なんでもイトメンの素麺は「一年熟(ねか)せた蔵の味」にこだわり、それが自慢だとのこと。即席ラーメンが主力製品だが、やはり素麺で全国的に名を馳せる龍野の「麺メーカー」である。 正門横の県道沿いには、「播州手延そうめん“月の輪”直売所」の建物があり、兵庫県手延素麺協同組合のワンブランド製品「揖保乃糸」とはまた違った手触りのする、「寒製特級品・播州手延素麺“月の輪”」と書かれた180束入り木箱の製品、かと思えば「播州細うどん」「龍野そば」、地元で人気沸騰中の「播州手延らーめん冷やし中華」がディスプレイされている。
酒造メーカーが地酒を売る「酒蔵直売所」のような雰囲気で、ほとんどのお客が地元客で、クルマや自転車に乗ってやってくる人が大方だとのこと。「いつもの買いに来ました」「これ、おいしいからね」などと来店する感じだ。
事務所では代表取締役社長の伊藤充弘さんと、営業本部直販課長の伊藤しげりさんが迎えてくれる。事務所の中では、ほとんどの社員がパソコンに向かっている姿だが、さすがに食品メーカーらしく、清潔ですがすがしい空気にあふれている。
訪問する前に「ぜひ、人気の製品を試食させて下さい」と伊藤しげり課長にお願いしていて、出していただいたのは「カップ山菜そば」。86年以来のロングセラーで、フリーズドライされたわらび、ぜんまい、タケノコ、チンゲンサイが具に入っている。こんなの初めてだ。
「これ、この頃のラインナップの中で一番好きなんですけど」とは伊藤充弘社長。
付属のとうがらしを入れて食べる。これはうまい。山菜がデカいな。のどごしが良い細いそばに具の山菜の歯ごたえと風味がよく合う。ダシも関西風味そのもので、あっさりしているが、カツオと昆布がよく利いていて良い感じだ。
それもそのはず、青年マンガ誌「ビッグコミック」(小学館)の8月10日号の『ニッポン蕎麦行脚そばもん』(山本おさむ作)に登場し、絶賛されたアイテムだ。なんとも強力な、イトメン製品である。
2階の研究室に案内される。さまざまな実験器具や計量器、ガラスのフラスコやビーカーが並び、大学時代の農芸化学科の研究室を思い出す(わたしは園芸農学科だった)。
白衣姿の研究室長の山下智之さんは姫路市出身で、近畿大学の農学部食品栄養学科を2009年に卒業し、すぐにイトメンの研究室に入った。ちょうどスープの試作品の製作中で「即席めんのスープは、大胆に変えることが要求されるんです」と意外なコメント。普段のルーティーンからは、油揚げ麺製品に関しての定期的な脂肪分の測定方法などいろいろと説明してくれる。
なるほど創業70年を迎えたイトメン、「即席めん」が主流だが、どこかどっしりと「手づくり」で製造にたずさわる姿がうかがえるのは、やはり龍野という土地柄を反映しているのか。
次回は地元播州を離れ、大きなシェアを獲得する北陸へ向かう。
江 弘毅(こう ひろき)
<編集者・著述家>
雑誌・新聞の連載・執筆、京阪神の「街」と「食」「岸和田だんじり祭礼」中心の書籍編集のほか、NHKラジオ第1放送『かんさい土曜ほっとタイム』などにレギュラー出演。
岸和田だんじり祭の祭礼関係者であり、2003年五軒屋町若頭筆頭。その日記連載のブログ(HP「内田樹の研究室」内の「日本一だんじりなエディター」江弘毅の甘く危険な日々)が単行本化されたことから「だんじりエディター」として取り上げられることがある。2010年五軒屋町曳行責任者。
神戸学院大学人文学部客員教授(2005年)、京都精華大学人文学部非常勤講師(まちづくり論、2007年 - 2010年)、神戸女学院大学文学部非常勤講師(2008年 - )。
2014年の140BのWEB連載をきっかけに自らのカメラで写真も撮り始める。
●主な著書
岸和田だんじり祭だんじり若頭日記(晶文社,2005年)
「街的」ということ〜お好み焼き屋は街の学校だ(講談社現代新書,2006年)
京都・大阪・神戸 店のネタ本(編著、マガジンハウス,2006年)
岸和田だんじり讀本(編著、ブレーンセンター,2007年)
街場の大阪論(バジリコ,2009年. 新潮文庫,2010年)
ミーツへの道 「街的雑誌」の時代(本の雑誌社,2010年)
「うまいもん屋」からの大阪論(NHK出版,2011年)
『大阪人』増刊号「ちゃんとした大阪うまいもんの店」(吉村司と共著、大阪市都市工学情報センター,2011年)
飲み食い世界一の大阪 〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの(ミシマ社,2012年)
有次と庖丁(新潮社,2014年)