コラム
第三回
金沢とイトメンのチャンポンめん
極寒の金沢を訪問する。
金沢はイトメンの「チャンポンめん」の抜群のシュアを誇る北陸の中心地だ。
市街地にあるスーパー「マルエー」やサンクスなどをのぞき、袋入り即席麺の棚を見ると、真ん中に「チャンポンめん」が鎮座している。
なるほどこれはすごいシェアなのがわかる。
地元でスーパーなど販売店を回るイトメンの営業マンにお聞きすると、以前からチャンポンめんがトップで、その次が日清焼そばとのこと。マルエーではチャンポンめんと日清焼そばの5袋入りが仲よく並んでいた。
地元民にイトメンのチャンポンめんのことを聞こう。
お訪ねしたのは中心街にあるカフェ「one one otta」。地元のオシャレ人間が集うカフェであり、2階がDJブースになっている。
ここでしばしばジャズやボサノバ、ダンスミュージックのレコードを回すDJの田中スキャットさんは36歳。地元で生まれ育った、まぎれもない金沢の人だ。
「チャンポンめんですか。そうですね、“半ドンの味”です。土曜日など昼から休みの時は必ず食べていましたね。お父さんは夜中に卵を入れて食べてたり、いつも家にあったし。どこにもあるんじゃないの、と思ってました。兵庫県のメーカーなんだ、と知ったのはずいぶん後ののことですね」
今回の取材はイトメン(株)の北陸営業所所長代理の梅谷さんからオファーしていただいたが、「イトメンの名刺もらって夜みんなに見せると『うわ、すごい』と言うぐらい人気があるんですね」とのことだ。
お母さんの仁美さんは実家が食料品店だった。
だから親しみ方は息子のスキャットさんよりもっと長くて密だ。
「こんなことを言うと年がバレるんですが、昔からヤンマーラーメンがあったんですね。2食入りで、店から取ってきてよく食べてました。同窓会でも『ヤンマーラーメン、おいしかったね』なんて言ってます」
ヤンマーラーメンは昭和34年発売。ご存じの通り日清食品のチキンラーメンすぐ後、インスタントラーメンとして昭和33年に史上2番目に開発発売したのが「トンボラーメン」だ。
それを翌年に2袋入りの「ヤンマーラーメン」として発売し大ヒットになった麺を油揚げめんにして人気のロングセラー商品になった「チャンポンめん」は昭和38年の発売だから、仁美さんはそれ以前からイトメンのファンだ。
「インスタントラーメンではなくてチャンポンめんですよ。スープにエビとシイタケがちょこっと入っているんのがいいのです」と息子のスキャットさん。
お母さんの仁美さんによると、息子のスキャットさんが保育所に行っていたころからチャンポンめんを愛食していて、とくに田中家では何も具を入れないのを「ビンボーラーメン」(笑)と言っていた。
これももちろんおいしいのだが、仁美さんは「冷蔵庫のおそうじ」つまり冷蔵庫にある野菜を炒めて入れたりするのがレギュラーとのこと。
大阪、名古屋とも違う食文化を持つ金沢は、加賀野菜や日本海の魚介に代表される優れた食材が豊かな地。当然、金沢人独特の味覚センスを持っている。
ずっと金沢でチャンポンめんほかイトメン商品をセールスしている所長代理の梅谷さんは「サッポロ一番の営業担当がこちらにやってきて、はじめは『イトメンって何』ていう具合なんですが、イトメンの強さに驚くわけです。味噌ラーメンとかじゃなくて、そもそもの食材の味を邪魔しないスープが特徴で、だから金沢の野菜にマッチするんでしょう」とのことだ。
冷蔵庫の残りの野菜を使う「冷蔵庫のおそうじ」というのは、そういうことなのかと納得。
またチャンポンめんは金沢ではスーパーなどでは、卵だとか「本だし」だとかと同様に、その日の「特売アイテム」として扱われチラシに「本日の目玉」として刷られる、大人気ポピューラ商品だとのこと。
「孫なり、子どもなりが進学や就職して東京へ行くとき、チャンポンめんを必ず荷物の中に入れるんですね。親から何かを送るときも、(チャンポンめんが)ないのかわいそうだから一緒に入れますね」(田中仁美さん)との通り、イトメンのチャンポンめんは「金沢の地元の味」になっているのだ。
ちなみに金沢では「8番ラーメン」というラーメン店がとりわけ人気。1967年創業だという地ラメーンの雄である。
中心街の「犀川大橋店」に寄ってみた。
メニューを見ると「野菜ラーメン」と大きく出ていて、野菜のイラスト付きだ。
早速注文する。なるほど淡いスープの色とシンプルな塩味。
金沢とチャンポンめんの、あっさり塩味+野菜の秘密が解けたような気がした
江 弘毅(こう ひろき)
<編集者・著述家>
雑誌・新聞の連載・執筆、京阪神の「街」と「食」「岸和田だんじり祭礼」中心の書籍編集のほか、NHKラジオ第1放送『かんさい土曜ほっとタイム』などにレギュラー出演。
岸和田だんじり祭の祭礼関係者であり、2003年五軒屋町若頭筆頭。その日記連載のブログ(HP「内田樹の研究室」内の「日本一だんじりなエディター」江弘毅の甘く危険な日々)が単行本化されたことから「だんじりエディター」として取り上げられることがある。2010年五軒屋町曳行責任者。
神戸学院大学人文学部客員教授(2005年)、京都精華大学人文学部非常勤講師(まちづくり論、2007年 - 2010年)、神戸女学院大学文学部非常勤講師(2008年 - )。
2014年の140BのWEB連載をきっかけに自らのカメラで写真も撮り始める。
●主な著書
岸和田だんじり祭だんじり若頭日記(晶文社,2005年)
「街的」ということ〜お好み焼き屋は街の学校だ(講談社現代新書,2006年)
京都・大阪・神戸 店のネタ本(編著、マガジンハウス,2006年)
岸和田だんじり讀本(編著、ブレーンセンター,2007年)
街場の大阪論(バジリコ,2009年. 新潮文庫,2010年)
ミーツへの道 「街的雑誌」の時代(本の雑誌社,2010年)
「うまいもん屋」からの大阪論(NHK出版,2011年)
『大阪人』増刊号「ちゃんとした大阪うまいもんの店」(吉村司と共著、大阪市都市工学情報センター,2011年)
飲み食い世界一の大阪 〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの(ミシマ社,2012年)
有次と庖丁(新潮社,2014年)